親愛なる湯沢慎太郎さまへ
9月18日にお返事をいただいた廣瀬育子です。
劣化ウラン弾の影響について日夜胸を痛めているのが私たちだけでなくこんなに真剣に考えておられる方がたくさんおられることを知ってとても勇気づけられました。だからといって一人では何もできない自分に憤りを覚えますが娘が小学3年の時にあの子の目で見て肌で感じたことをたとえひとりでも多くの人に発信できるならきっとセルビアの国立がんセンターのこどもたちもむくわれるのではないでしょうか。記事掲載の件ですがよろこんでお受けいたします。お役に立てれば幸いです。
尚、名前のほうは実名で結構です。悪用されることはないと思いますので。あの当時NATO空爆のあった1998年3月24日娘の友人ヨバナはかろうじてつながった電話の向こうで(ものすごい爆音で声はほとんど聞き取れず)「Chie...Chie....」と娘の」名前を何度も呼んでいました。空爆が終わっても子供たちは恐怖のあまり一人で外を歩くことができなかったといいます。ヨバナのおかあさんヤドランカは「誰を責めることもできません。わたしたちはただ忍耐するしかありません。平和が来るよう祈ってください。」と言っていました。セルビア軍のコソボにおける残虐の行為の数々が情報としては前面に入ってきましたので、ユーゴのこどもたちが恐れたのは自分たちまで悪者にされてしまうのではないかということでした。スラビッツァという女の子は当時「もう世界中の誰も私たちを心配してくれなくなりました。本当に孤独です。」というメッセージさえ私たちに送ってきました。23人の子供たちに私たち仲間は(代表:国際市民ネットワークのテルオカ先生:日本女子大学教授)すぐに励ましのメッセージをおくりました。大学生の仲間村上友章君は一人でルーマニア経由でユーゴに入りました。飛行機が飛んでいなかったので陸路でセルビアの友人に会いにいったのです。「たとえ誰が何といおうとぼくたちはいつだって本当の友達なんだ、だから孤独じゃないんだ」ということを伝えるために。
今日から3日間娘の高校(兵庫県立芦屋南高校)でも同時多発テロ事件の犠牲になった方々のための救助活動を支援するための募金活動を生徒会中心で行います。募金はすべて赤十字へ送られるというものです。娘もがんばって活動していますがと、同時にアフガニスタン難民の悲惨な状況がテレビで報じられるたび、こっちの方ももっとみんなに呼びかけて募金しないといけないんじゃないかと胸を痛めています。またどんな形でも結構ですので何かしなくてはいられない子供たちの気持ちがまっすぐとどくようなルート、手段があれば教えてください。
Hirose Ikuko