パリ日本人カトリックセンターからの贈り物・・・2年間の感謝をこめて

(2001年11月)

センターの皆様、お元気で集っていらっしゃることと思います。
私達は、2年ぶりの懐かしの浜松の自宅に戻って1ヵ月あまり・・・やっと、こうしてワープロに向かうゆとりが 少しずつでてきたこの頃です。長男も1年生の1学期に通学していた地元の小学校の三年生のクラスに入り、担任の先生から、順応性抜群ですねー、すっかり前からクラスにいるみたいに級友と交わっていますよ!と言われるくらいすぐに適応できたようです。最初の日に帰宅してから、いやー日本の学校ってうるさいなあ!とつぶやいたのがとっても笑えました!先日の参観日に教室の壁に、日本の学校とフランスの学校の違うところ、なんていう紙が貼ってあって、おやつやおもちゃをもっていけるなどの他に、先生が厳しい、鉛筆一本落としても叱られる、などど書いてあったので、またまた笑えました。次男も、幼稚園の年少組に入り、先生は優しいし、とにかく楽しいようでイキイキ毎日通園しています。ふたりとも母国語で自由におしゃべりできることを存分に味わっているかのようです。そんな姿をみて、2年間突然のフランス語一色の現地校生活で、よくがんばったものだなあと、改めて感じています。主人は、帰国三日後に既に当直の予定が組まれていたりして、すっかり日本人社会の勤務態勢に順応することを余儀無くされていますが、時々の晩酌のフランスワインで元気回復しています!
私は、日曜日に家族揃ってミサにいけることを楽しみに、先日到着した13個の船便の整理や日本の学校お馴染みの参観会や様々な行事にさっそく追われています。長男の小学校に外国人の子ども(おもにポルトガル語圏)が結構いるようなので、パリで私達のこどもの順応のためにたくさん助けていただいた恩返しを、このような場を通して何か私にもできることがあるのでは・・・と祈りつつ思案中です。
 近況報告が長くなってしまいました。センターの皆様、在仏中は本当にお世話になりました。ふたりの好奇心旺盛なやんちゃ息子達がかなーり静粛な御ミサの雰囲気を乱してしまったにも関わらず、いつも温かなまなざしで受け入れ言葉をかけてくださったこと、とくに感謝の気持ちでいっぱいです。浜松では大きな祝日の主日ぐらいしかミサにいけていなかった私達が、パリでの約2年の間、毎週のように日本語ミサにかけつけることができたのは(ほとんど遅刻気味でしたが)、これまで出会ったことのない家族的な温かな懐の深さと開かれた包容力を、小さな共同体の輪の中に確かに実感させていただけたからだと思うのです。・・・三人の個性の異なった素敵な親しみ深く子ども好きな神父様方やいつも微笑みと明るさを忘れないシスター達の存在がこのようなセンターの他に誇れるような素敵な雰囲気の一番のエッセンスになっていて下さることは、言う間でもありません。このことは、神様はパリ近郊に住んでいる日本人クリスチャンをかなりひいきしてらっしゃるのでは、と思ってしまうくらい、私達弱い信徒にとって、本当に恵まれたこと・・・と帰国してから気づかされるこの頃です!
 さて、家族の洗礼は、この留学体験の中での最大のお恵みでした。きっとセンターの私達を知っていてくださるたくさんの方々がこのことについて、とてもお祈り下さっていたかと思います・・・改めて心から有難うと何度も申し上げたい気持ちでいっぱいです。日本では思いもよらなかったこの大いなる恵みは、神様が確かにいらっしゃって、ひとりひとりの中に現存され、最善の時に最善のことをなさろうとはかりしれない御計画のうちに私達を導いてくださっていることの証を、家族の歩みの中に目の当たりに実感させて頂いた思いでした。私など、すぐに先のことが不安になって、人間的な価値観に捕われあれこれと気をもんだり、すぐに結論を出したいあまりに神様の御計画を妨げてしまうような言動に出てしまったりと、まったく恥ずかしい限りの小さな貧しい器の持ち主で自分でも時折自己嫌悪に陥ってしまうのですが、神様はそんな私の弱さもすかり御存知のうえで、ちゃんとそのことを決定的な失敗まで行く前に立ち止まって気づかせてくださるような有り難い存在(神父様やシスターであったり、家族、友人や時には本であったり・・・)を、身近に置いてくださっていることに、やはり感謝せずにいられません。センターのみなさんもそのような感謝の存在でいてくださいました・・・。
また、よかったさがしの会を通して、たくさんの様々な悩みをもちながらも前向きにパリという母国ではない地で
夫や子どもとともに生きて行こうと純粋な気持ちで歩んでいらっしゃるお母さん達と出会わせていただいたことは、私にとってかけがえのない大切な宝物となりました。初めはそうかることかまったく予想ができなかったゼロからの出発でしたが、神様がしっかり必要な方達をその都度呼び集めて下さり、回を重ねる毎に本当の家族のような親しさをお互いに、お互いの子供達に感じることができるようになったのです。
仲間の中の誰かがとても悩んでいる時は、自分がいくら幸せでも決してそう思えない、その方のために何かできることはないかと祈り、声をかけあい、ひとりじゃないよ、わたしたち祈りで支えあい、繋がっている仲間がいるんだから安心して・・・と思いあえるこの共同体・・・やはり、真ん中の神様を中心に集っているからこそ人間的な個々の私的感情を超えた、家族に対するような親しい思いで、祈りや具体的なことを通してお互いに助け合い、乗り越えて行こうという神様からの純粋な気持ちを頂けているのだと信じています。
センターや修道院を使わせていただき、走り回ったりぐずったりする子供達のありのままの存在を皆様にあたたかなまなざしで受け入れていただいたことが、この集いの今にいたる継続の大きなはげましとなったこと・・・みんなを代表して心から感謝を申し上げます。
これからも、どうしてもこの母国語でありのままの自分を見つめ分かち合える場、神様に意識を向け、祈りあい学び会える場が自分達にはなくてはならない!と感じられているお母さん達の燃えるような渇き求める気持ちが、この集いを続けていかれることになることでしょう。
どうかセンターの皆様、愛情のこもったまなざしで時には優しく、時には厳しくお母さんと子どもさん達を、よろしくお願いします!私からの切なるお願いです。。。

引っ越しにあたって、子ども達が退屈しないようなおもちゃやビデオ、絵本をたくさん残して行きましたので(がらくただったら、ごめんなさーい!)大いに役立てていただけたら、嬉しい限りです。
子どもが安心して遊べるスペースがちょっとでもあったら最高なのですが、畳を送る訳にもいきませんし・・何かよいアイディアの浮かばれる方、ぜひ考えてあげてくださいね!

浜松では、近代的な建築様式の大きな組織もしっかりしている浜松教会(日本人神父様)と古いこじんまりとした出稼ぎの外国人信者さんも多い鷺宮教会(ミッションエトランジェのフランス人神父様)の丁度中間の場所に我家があり、どちらの教会に所属しようか随分悩みましたが(それぞれ良い点があるのです、大きい方は、教会学校がとても充実していること、小さい方はフランス人の神父様とフランス語でお話ができること、外国人の方達(おもにブラジル出身)との出会いがあること)、パリでの日本語ミサもとってもこじんまりとしたあの、家族的な雰囲気が大好きでしたので、多分後者に所属させて頂くことになりそうです。
ただ、日本はカトリックの国ではないので、日曜日などに参観会やクラブ活動や試合などが組み込まれ、高学年以降の子供達はほとんどいけない状態なのだそうです。日曜学校の内容もフランスとはかなり違うようです。(これが長崎とかだと、きっとすごく充実しているのでしょうけれど、ね、かまつ神父様?)
その変わり、こどもが多少うるさくてもじろっとか、しっとかされることはないので、とても気が楽ですが・・!

というわけで、私達も少しずつ地域に、教会に馴染みつつあるこの頃です。
センターや日本語ミサ、よかったさがしの会の皆様の顔を思い出すと、とっても切ない気持ちに駆られてしまうのですが、また、メールやお便りでこの頂いた恵みの御縁を続けさせて頂けたら・・・という気持ちでいっぱいです。いまだかつてなかったような不安と恐怖、そして痛みが世界中に渦巻く現在です。大都会パリの中で、パリ日本人かトリックセンターという存在が、必要としているすべての主の愛と温かな出会いに渇いた人達にとって、いつも開かれた愛と信仰に満ちた憩いの場として、おとづれる方々の心に安らぎと希望を与え続けていかれますよう、浜松から心から応援、お祈りしております。

浜松を通られる機会がありましたら、迷わず、御一報くださいませ。うなぎを食べながら、懐かしいお話をいっしょにさせてくださいね。家族みんな大歓迎でお待ちしています。。。